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昨日のセッションを受けてから、
いらいらしてしまって、子どもに当たってしまってた。

あまりにもいらいらして
過食もしてしまった。

過食したら、一時的にはちょっと落ち着いた。
(でも、一時的だったけど・・・)

りんりんさんにメールしたら
いらいら自体は人間らしい当たり前の感情なんだと。
別に悪いものではないんだと。

そう聞いて、びっくりした。

今まで、いらいらするのはよくないことだと思ってた。
いらいらして、子どもに当たるのは、もっとよくないことだと思ってた。
そんないらいらする自分のこと、嫌だった。

いらいらするの、いいんや。
驚きだった。

でも、何にいらいらしたのか、考えてみてね、と言われたけど、
それがよく分からなかった。

話を聞いてない、人を大事にしていないと言われて、
そんなことない、
今まで、私は人の話を聞くばっかりで
私の話なんて誰も聞いてくれなかった!!!

いつも聞き役ばっかりやったのに!!!

そういう部分で怒りがあるような気がする。

人を大事にしてない?
私も大事にされてないよ!!
誰も私のこと、大事にしてくれてないよ!!

そういう怒りもある気がする。

そこなのか。
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2013.02.20 / Top↑
昨日は、9回目の個別セッションだった。

昨日のセッションで一番大事だと思ったのは
「まずは、集中して人の話を聞く体制を作ること」
だった。

私は、セッション中も、話を聞いていても
右から左に話の内容が消えていく。
それは自分でも自覚があった。

前のブログにも書いたけど
今日のセッション8

意識が薄くなっている状態になる。

でも、そのように人の話を聞けていない状態は、
「相手を大事に出来ていない」「人の存在がない」
ということであり、

このままでは、自分の枠の中でしか考えられないということになる。


だから、私が今一番しなくてはいけないのは、
「人の話を聞けるベースを作ること」
それだ。

そのためには、
自分の気持ちが散らかっていることを自覚し、
いろんな人と「日常会話」「情報交換」のメールを毎日する
ことが大切なんだそうだ。

ひとつひとつ、取り組んでいって
ちゃんと人の話が聞けるようなベースを作っていこう。
2013.02.20 / Top↑
トリプルセッションがあったのは水曜日だったけど
なかなか衝撃から立ち直れず
ブログも放置したままになってた。

3時間話して、
私にとってためになる話もいっぱいしてくれてただろうけど
自分の中で残っているのは

「スパーンと切るよ」

「あからさま」

この二つだけ。


私は、あからさま(ちょっと違う言葉だったかもしれない)なんだそうだ。
それは、言われてみれば、そうなんだろうなぁ、と思えた。


「スパーんと切る」は
見捨てられ不安が極端に強い私には
恐怖以外の何者でもない言葉。

その言葉が発せられてからは
「スパーんと切る」がずーっと頭の中で鳴り響いていた。

見捨てられたらどうしよう、
怖い、怖いよ、
もう本心を喋ったらダメなんじゃないか、
本心を喋って見捨てられたら
ダメージが大き過ぎる…

トリプルから数日経っても、
衝撃は消えなかった。


信じて甘えて、それで切られたら
辛すぎる…

そんな思いで頭はいっぱいだった。


昨日、1期生の方3人と、ボイスをしてもらって
その中で、この話も聞いてもらった。

いろいろと乗り越えてこられた3人だったから、
この件についても、
私では考えられなかった解釈を話してくださって
幾分、不安は小さくなった。

(1期生のみなさん、ありがとうございました^^)


でも、まだまだ「切られる」ことへの不安は
消えない。

今日は個別セッションだ。
自分がどうなってしまうのか、自分でもよく分からない…

(書いていても、怖くて書き出し切れない感情が
 すごくいっぱいある。)
2013.02.19 / Top↑
恋愛依存に関係してなんだけど…

恋人が出来て、そういう関係になる時、
いつもいつも、すごい罪悪感に襲われていた。

初めての人、初めての時だけではない。

何回、そういう行為に挑もうと、
何人の人と付き合おうと、
ずっと罪悪感は付きまとっていた。

だから、
恋愛依存で人肌恋しいくせに
普通に付き合っている人たちよりも
そういう行為は少なかったんじゃないかと思う。

付き合った人も複数人いたけど、
回数的には少なかったと思う。


初めてそういう行為に至った時、
私の頭の中には
母の顔が浮んで、そして、
「お母さん、ごめんなさいー!!!」
と頭の中で叫び、涙していた。


その頃は、母と共にとある新興宗教を信仰していて
その宗教は暗に、婚前交渉を禁じていたってこともあったので、
それが私の罪悪感をさらに大きくしていたのかもしれない。

でも、それだけではない気がする。

母の気持ちを裏切る、期待を裏切る…
それは絶対にしてはならないことだった
と今になって思う。

それが罪悪感の根源か。

男の人と付き合うことも
おおっぴろげに出来なかったように思う。

もう20歳だったのに。

どこまで縛られてたんだ。


愛する人と結ばれて一番幸せな?時間に
母親の顔で頭がいっぱいって
なんだよ、それ。

罪悪感、まだまだいろんなところにある気がする。
2013.02.11 / Top↑
好きなもの、また思い出したので。

海、川、緑。
自然全般かな。

でも、海、川ときて出てくるのは、
子どもの頃、父と母の故郷で海、川で遊んだ
楽しい思い出が大きいから。


父は高知の足摺岬近くの出身。
太平洋に面した土佐の海は
壮大だ。

海の水は、とても澄んでいる。
海岸には、たくさんのいろんな種類の貝殻。

ある台風通過後の海には、
1m以上もある巨大なイカが打ち上げられていて、
子どもながらに、とても興奮した記憶がある。


海と共に、
河口に近いところに叔父の家はあったので
川でもよく遊んだ。

いとこたちは、海と川で毎日のように遊んでいたので
川では、うなぎを取る仕掛けを仕組んでうなぎをとったり、
モリで魚を突いて取ったりしていた。

いとこたちは、
あの、よいこ濱口の「とったどーーーー!」を地でやってました^^


母の田舎の香川も
山の中の農村地帯で
夏の遊びといえば、川で遊ぶことだった。

だから、母の田舎に行っても
一日中、川で遊んでいた。

香川では、ひたすら潜ったり泳いだりして、遊んでいた。

どちらの田舎でも、
とてもとても楽しい思い出=海と川
という図式で私の頭の中に記憶されている。


今でも、海や川、湖等々に入っているだけで
どんどん癒されていくのが分かる。

プールには長い時間入っていられないけど、
海、川、湖には、一日中入っていられる。

ただ浮かんでるだけなんだけどね。

いや、時には、年甲斐もなく、潜ってしまう。

そして、魚なんか見えた日にゃあ、
テンションあげあげで、
魚を追い回してしまう。


やっぱり、海、川、湖が好きだ。

側で岩なんかに寝転んでるだけでも、
癒される。


木々が生い茂ってるのも、心が穏やかになって、
好きなんだけどなぁ。

これは香川の記憶なんかなぁ。

こっちはまだあんまり具体的に浮かんでこないや。

また思い出したら、書きます。^^
2013.02.11 / Top↑

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